味明/EB 草


新しい初号明朝体「味明」

 私は、活字の匂いはするが、たとえば「秀英」とか、たとえば「築地」の復刻とは違う、新しい見出し明朝体がほしかった。
 それは、具体的にはどのような明朝体かといえば、欧文フォントの「ボドニ」のように、縦画がくっきりと太く、垂直でまっすぐ、横画は細く水平で、エレメントはしっかりと強く。漢字の画数の差が大きいため、黒味調整は避けられないが、大きなサイズで使用してもその錯視修整を目立たせない。ふところは絞り、縦長、横長、小さく見える文字ができてもかまわず、それぞれの文字の外形はその文字固有の形状とする。
 個々の文字の字画の配置は均等にせず、一文字の中で密度の差があってもかまわない。それよりも文字の勢い、強さを重視する。エレメントは可能な限り統一しながら、古くからの筆押さえ(ひげ)など、近年の明朝体では省略されがちなエレメントは逆に強調する。そんな明朝体である。
 それは初号明朝体を目指したとはいいながら、結果的には、活字時代の明朝体とはまったく違う新しい明朝体でもある。そして、その漢字に合わせた十種の仮名は、平安時代から現代に続く仮名の伝統を踏まえた骨格を選んでみた。
 制作文字数は「JISの第一水準(内、漢字2965)+α」(合計漢字3637)と、当面は考えている。少ないと思われる方もおられるだろうが、書体制作のモットーは「自らが使える書体を、自らが制作すること」。そのためJISの「第一水準+α」があれば、当面困らない。さらに、必要な文字があるのならば素材(エレメント)はすべてその中にある。アウトラインを作って作字すればよい。経験上、それが不可能な文字数ではない。
 私は、文字だけは、人任せにはできず、すべて一人で書いている。そのため、ここまで字種を増やすのに、大変な時間をかけてしまった。その時間を惜しんではいないが、すべての時間を、文字の制作だけに使うこともできない。そのため、これ以上の字種を作るとなると、完成がいつになるのか、未完成で終わる可能性もある。


縦画は太く、まっすぐに垂直に

 これまでの明朝体の縦画は、左右に反りがある。中心部を細く、上部は打ち込みがあるため、下部はより太くデザインされている。多くの明朝体で縦画の途中で横線が交わると、その部分に黒味が生じ、この錯視は印刷されると増長されるため、さらにその部分は細く処理されていた。
 しかし「味明」は、かなり大きく使うことを想定している、その方法では使用時に錯視修整は目に見えてしまう。最近の印刷のデジタル化で、再現度が格段に上がり、文字の劣化も少なくなったため、画数によって発生する黒味調整以外の錯視修整は殆どしていない。横画はすべて同じ太さにしたため、黒味調節はもっぱら縦画によるが、思い切った太さの差をつけることで解決した。
 一部の字画の組み合わせでは、縦画を斜めにしなければ、本来垂直でありたい縦画が傾いて見えるという錯視も現れるが、それらも字画の配置やエレメントを調整することで、縦画そのものは極力垂直にして、よりシャープでモダンな明朝体を心掛けた。
 縦画とのコントラストが強調されるように、横画は可能な限り細く、先端の打ち込みをやや太くするだけで、それも目立たないように、ほとんど直線で、水平に処理し、すべての太さは同一である。ウロコは大きくしっかり打つことを心掛けた。





味明モダン/EB 草






よりエレガントな味明モダン

 「味明」のエレメントをさらにシャープにしたのが「味明モダン(Modern)」である。欧文書体に「オールドローマン」と「モダンローマン」があるように、二種の明朝体をデザインした。
 実はこの言葉には矛盾がある。もともと「味明」はモダンローマンの「ボドニ」を意識して作ったものだが、それをさらに意識して「味明モダン」を作ってみた。縦画の位置、太さは全く同じである。撥ね、払いの終筆のエレメントも変わらない。違うのは縦画の始筆終筆のエレメントの天地を縮めシャープにしたこと。横画を細く、太さに変化のない線とし、始筆も垂直にカットしている。この処理は「ボドニ」と同じである。終筆のウロコも同様にシャープにした。
 これまでも、言葉だけならば同じようなタイプの見出し明朝は制作されている。しかし、その骨格はもちろん、エレメントもモダンさを求めるあまり、ギスギスする嫌いがあり、私には使うことができなかった。太さ故に黒味の修整に無理、未熟なものも多い。
 しかし、「味明」「味明モダン」ともに、これまでの見出し明朝の中でも、かなりウエイトのある書体だが、柔らかさや優しさを失わず品よく仕上がったと自負している。また、太いにも関わらず、かなりの小ポイントまで潰れずに使用できる。









味明の筆押さえ
筆押さえは不可欠なエレメント

 常用漢字では、筆押さえなどの形状に加え、点画が付くか離れるかや長短などという細かな差異を「デザイン差」と呼び、統一する必要のない「差」として、統一を強制していないし、JISでもそれに従うとしていた。
 しかし、JIS X 0213:2004の例示字体の変更により、事実上、統一が強制されるようになってしまった。今後、教育やタイプフェイスの開発の現場では、右にならえの風調が強まっていくだろう。すでに、最近の明朝体では、筆押さえは省略されることが増えている。
 しかし、「味明」では、筆押さえは明朝体の形を整えるについて不可欠のエレメントとして、むしろ従来よりも増やしている。明朝体のエレメントでは、左右の払いが交差するときは、右払いの起筆が、左払いのそれに比してどうしても弱くなる。それを調整したのが起筆の筆押さえである。それを字形の違いとしてなくしてしまうと、形がとてもまとまりにくく、貧弱なものになる。
 よりシャープにエレメントをデザインした「味明モダン」でも、筆押さえは減らすことなく採用した。



味明モダンの筆押さえ

味明/EB


味明N/EB
(JIS×0213:2004 例示字体)
JIS×0213:2004 例示字体

 JIS X 0213:2004により、漢字168字の例示字体が変更された。これらは「康照字典」由来で、国語審議会で「正字」と認められた、より伝統的で、旧字風な字体となっている。そのことだけならば、望むところだが、全体がすっきりと整理されたわけではない。
 この変更により、かえって混乱は深まったように思えるが、その是非はともかく「味明」の名の後にNをつけたフォントがJIS X 0213:2004の変更を反映している。まぎらわしいが、使い分けていただきたい。


味明モダン/EB


味明Nモダン/EB
(JIS×0213:2004 例示字体)