COLOR SAMPLE
採集地:豊橋/高塚海岸〜嵩山町
1991



COLOR SAMPLE

ケニア、スーダンと国境を接するエチオピア西南部に住むボディ族の子供達は、小石を集めて色や模様をまとめ、分類し、その小石を牛に見立てた遊びを繰り返して飽きない。そして7、8歳なると彼等は自然界の複雑な色と模様に対して的確な言葉で表現できるようになるという。彼等のすばらしい能力の開発は、ボディ族の人々が自己の存在のよりどころとしている牛との深い生活から生まれてくる。
 牛には一頭一頭に名前が与えられている。それらは主にその牛固有の色と模様にちなんだものが多いそうである。牛と共に喜び、牛と共に病むボディ族の人生。そんな日々の中から必然的に牛の毛の色と模様への認識が深まっていった。彼等はある特定の牛の10世代にもおよぶ系譜をたどることができるという。そこから導き出されたメンデルの法則に匹敵する色と模様の親族関係の図式。つまり彼等独自の遺伝観が形成されている。彼等の社会は一般的な意味での近代とは遠く離れていながら、牛の模様の観察とそれによる遺伝への認識は、我々の最も進んだ色彩学・遺伝学となんら遜色なく、ある部分では凌駕している事実も報告されている。
 ボディ族の社会からの報告(東京大学出版会認知科学選書21認識と文化福井勝義著)は我々の想像をはるかに越えた色と模様のあやなす美しい社会のあることを我々に驚きを持って教えてくれる。
ある日思い立って豊橋市の海岸部から山までのあいだに露出した土砂を集めてみた。90cm×90cm、厚さ4cm、24種の土は、なんら手を加えずにそのまま提示したのにかかわらず、その豊かなマチュエールと色彩が、あらためて自然の素晴らしさを私に教えてくれた。この仕事はカラーサンプルと呼ぶことにした。





























土地の面で自然を提示


それはまるでアースカラーの色見本。百八十七種類の茶色の四角は、様々な場所の、様々な地層から採集された土そのものである。  
 どんなもんだい、土の色はこんなにたくさんあるんだよと、少々誇らしげに見えなくもないが、やはり画面は淡々とした風情である。意外な発見と驚きに、しばし、見るものの心が躍ったとしても、しかし、その傍らに作家の感情が寄り添うことはないだろう。
 なにしろ作家は、あらかじめ予定された結果に向かって、行為を進めているのだから。自然の秩序に身を委(ゆだ)ねながら、その秩序と一体となって、自然の提示を図るのみ。作家が意図する提示の方法は、極めて冷静であり、しかも明快である。見るものは、作為にごまかされることなく、あるいは作家個人の感情を押し付けられることもなく、作品、つまり自然の提示に出合うことができるのだ。
 味岡伸太郎は、自らが住まう豊橋周辺の土の色や層による自然の提示を、平面において追求した。土という物質を塊としてではなく、表面として扱うこと。味岡の「地質調査」と名付けられたかつてのプロジェクトは、ダイナミックな質量感を称(たた)える作品であったが、今回の平面作品は、むしろ静かで冴(さ)えた作家の知を際立たせ、しかも、大地の一部である人間の真実を、見るものに得心させる力を備えるにいたった。
 はたしてこの力を、自然と人間への信頼と呼ぶならば、それはあまりに甘い響きを残すのだろうか。

(1993.6.11 朝日新聞・夕刊)愛知県文化情報センター学芸員 高橋綾子






























EARTH RAINBOW 1993 土・小砂利・ポルトランドセメント