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味岡伸太郎展 2008 |
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個展への長いプロローグ |
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味岡伸太郎展 |
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鉄製の型の中に樫の固まりを置き、そこに溶けたアルミニウムを充填。溶湯の温度は約700度、ふれれば樫といえども瞬時に燃え始める。幸い、アルミニウムの熱伝導率は高く冷えるのも早い。表面は燃えても内部まで燃えつきることはない。その上、溶湯に被われた部分は無酸素つまり蒸し焼き状態で炭化する。充填したアルミニウムに対して、木の部分が大きい場合は溶湯にふれた部分が炭化し黒くなり、残りは木のまま残る。溶湯は木と型枠の隙間を求めて流れ、表面張力で先端が丸まりながら途中で冷えて固まる。型枠をはずすと、アルミニウムは強く木をつかんで一体となる。アルミニウムと木の性質が出会うことでのみ作り得る「関係による形」である。 |
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割より「陶」
味岡伸太郎展
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味岡伸太郎展 |
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花頌抄展 花・味岡伸太郎/俳句・星野昌彦/写真・宮田明里 昨年の早春以来、味岡伸太郎が花を生け、宮田明里が撮影。 |
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彼岸花昨夜撃たれしごん狐
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味岡伸太郎展 |
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「扁=三河・鳳来・霧生山・断金の譜・五列」 117×79cm×5枚 2005 |
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推古天皇の時代(五九二〜六二八)、 山の頂きに巨大な桐の老木、 神代桐樹が生えていた。その老木の虚洞には竜が棲み、 時折、 濃い霧雲を発生させ、 大雨を降らせていた。 人々は、この山を「桐生山・霧生山」と呼んでいた。 そこには全身が五色金翠で紅紫色を発する鳳凰も棲んでいた。 時は移り、第四十二代文武天皇が重い病にかかられた。 桐生山に住む利修仙人は鳳凰に乗り、 朝廷に参上、 病気快癒の祈祷を十七日間続けると、 やがて天皇は全快され、 霧生山に薬師如来を本尊とする寺を建て、 鳳来寺と命名して労に報いられた。 これより霧生山は鳳来寺山と呼ばれるようになったという。 |
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2006年1月吉日 |
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扁=三河・鳳来・霧生山・断金の譜・五列 |
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扁=三河・鳳来・霧生山・平調の譜・六ー1 |
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扁=三河・鳳来・霧生山・平調の譜・五ー1 |
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味岡伸太郎展 |
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栃木・益子・上大羽からの報告3 117×79cm × 3 |
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栃木・益子・上大羽からの報告 107.5×80.5cm |
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アートフォルム佐鳴湖VIEWプロジェクト |
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土砂採取
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味岡伸太郎展 |
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「1/2が途中消滅する円柱の四等分からなる四角柱」 |
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制作風景 |
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